西尾孔志

20111102『とまる。』の寄稿1 France_pan『ありふれた生活』下鴨車窓『王様』M☆3『こいのいたみ』

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京都のフリーペーパー『とまる。』に寄稿した文章を転載。

これは2011年2月くらいに出た号なので、もう手に入らないかもだけど、

最新号にも連載してるので手に取って下さいね。


KEX以降の京都を予兆する

 

去年の秋から演劇を観始めた門外漢のレビューという事で、外の人間がどう見てるかのご参考までに。■京都ゆかりの若い作品のみを。まずFrance_pan『ありふれた生活』。これは作演の伊藤拓の表現への苦悩を「観客も一緒になって考えてくれよ!」と描く、野蛮で強引だが何故か応援したくなるドキュメンタリー。伊藤の孤独で脆弱な姿は『エヴァンゲリオン』のTV版と映画版のラストを思わせる。でも1回きりの飛び道具だし、エヴァより15年以上古い。枠外にいる二人の女性の声の質感がリアルで良かったから、照明や美術の質感も凝れば、伊藤の生身が際立つのでは?チェルフィッチュの蛍光灯とかの質感。■下鴨車窓『王様』は力作だが混乱している印象。いや『ありふれた生活』の方がとっ散らかってたが、伊藤は演出で自分が何に混乱してるかを観客に提示していた。田辺剛の演出は、迷ってるのか確信なのか観ていてモヤモヤ。天井の白い布など思わせぶりなままの要素が多い。旅芸人という設定で役者に過剰な芝居をさせる意図も曖昧。「枠」が明示されないから、枠からのズレの要素(謎とか)が観てて掴みかねる。田辺は文学的高度さを目指すあまり、演出がぶっきらぼうになってしまった印象。■その逆が伊丹で上演されたM☆3『こいのいたみ』。とにかく刺激的。開演前に観客の前にあった椅子とテーブルが、開演の派手な音楽と共に天井へ飛んで行く。「ザッツ現代演劇」な「枠」と、飛んで消える「ズレ」。下らないギャグの応酬が常に演劇に言及しており、知的で痛快だった。誤解され易い作品だが、やってる事は高度だ。内容は演出の杉原邦生が京都で手がけた演劇企画【HAPPLAY♥】に対する自分自身の回答と見た。マレビトの会やdots、木ノ下歌舞伎などの京都に縁深い役者を使い、「今、東京とは違う、京都で同世代の演劇人で出来る事とは何か?」という批評と宣言を同時に行っていた。文学の罠を避け(表現者の多くは文学コンプレックスだ)、演劇表現の中で多くを思考するべきだという姿勢に、そしてそれを僕のような演劇素人でもエンタメとして楽しめる、杉原の演出家としての手さばきと腕力に感服!面白い!

 

ベスト ◎ M☆3『こいのいたみ』

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