2011年11月アーカイブ

WKTK=我らがキネマを取り戻す試み
 

記録として書き記す。多少の記憶の抜けはあるかもしれない。

京都造形芸術大学の映画学科の生徒を集めて
【wktk(読み:ワクテカ)】という上映イベントを、
2010年1月13日〜2011年6月4日までの間に6回やった。

最初のリーダーは工藤(現4回生)
2代目リーダーは坂井(現3回生)
現在はリーダーが不在のまま、休止中。

メンバーは
現4回生で伊藤高志作品の企画をした川崎まや、
現3回生が藤原、河津、並河、益田、
そして後半の要になる斗内、
現2回生が若井と坂西の計10人のチーム。


上映活動履歴
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vol.1 テーマ「SEX & DRUG」

上映:

 『LINE』小谷忠典
 『イボイボ』いまおかしんじ
 『デメキング』いまおかしんじ
 『雲の上』富田克也
 『国道20号線』富田克也 

トークゲスト:小谷忠典
       いまおかしんじ

ライブ:松野泉

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vol.2 テーマ「鍋」

上映:
 ミック博士の選ぶレアな映像&映画(書けないくらいとても貴重なもの!)

鍋:キムチ鍋

ゲスト:ミック博士

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vol.3 テーマ「伊藤高志=宇宙人説」

上映:
 『SPACY』
 『THE MOON』
 『ZONE』
 『ギ装置M』全て伊藤高志

上映形式:天井と2本の柱とスクリーンの4面マルチ上映+爆音

パフォーマンス:wktk河津(人間スクリーン)

トークゲスト:伊藤高志

ライブ:kezzardrix
    hakobune

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vol.4 テーマ「wktk inバクト大阪」

上映: 
 『SPACY』
 『THE MOON』
 『THUNDER』
 『GLIM』
 『悪魔の回路図』全て伊藤高志

上映形式:異色のロックフェス『バクト大阪』の会場内で、天井とスクリーンへの2面上映+爆音。また、客席とスクリーンの真ん中に金魚の泳ぐ3mくらいのプールを作って、チルアウトルームとした。

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vol.5 テーマ「18禁と8ミリ」

上映:
 1日目
 『聖テロリズム』山本政志
 『狂わせたいの』石橋義正
 『わくわく不倫講座』平野勝之
 『ザ・ストリッパー 堕ちて藍』監督:山崎哲 撮影:篠田昇

 2日目 
 『人間らっこ対かっぱ』平野勝之
 『砂山銀座』平野勝之
 『愛の街角2丁目3番地』平野勝之
 『にじ』鈴木卓爾
 『街灯奇想の夜』鈴木卓爾
 『きゅうそくかいおん』鈴木卓爾

トークゲスト:川上譲治(ストリップ演出家)
       早乙女宏美(ストリッパー)
       鈴木卓爾
       平野勝之

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vol.6 テーマ「ヤマカン、大いに語る」

上映:
 『怨念戦隊ルサンチマン』監督:山本寛

トークゲスト:山本寛 

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誰か再始動を担う新しい学生はいないだろうか?

求む、学生。
劇団ままごと『わが星』

5月28日。
ずっと目に涙浮かべで胸いっぱいで後半を観てた。
お父さんとお母さんの『働いて働いて働いて...』の下りからからずっと。
で「月ちゃん」再登場で涙腺決壊。

『わが星』は、大島弓子の『綿の国星』の子猫と世界の関係のかけがえの無さ、高野文子の『棒がいっぽん』の不思議なカタルシス、レイ・ブラッドベリ『火星年代記』の全人類的な切なさが詰まってる、理想の『ボーイミーツガール』であり、理想の『女の子成長物語』なのだ!そして音楽が拍車をかける!

物語は「純粋さ」に潜む「怖さ」や「残酷さ」を恐れず、ストレートに突き進む。
だってそれが初恋じゃないか!
地球の最後に外から会いに来てくれる少年は、スピードのついた自転車に乗ってやって来るに決まってるじゃないか!

演劇的な傑作かどうかなんて知らない。
僕にとっては大事な作品である事は間違いない。
小林賢太郎ライブ・ポツネン『SPOT』

5月の話。
大阪と京都の2回観に行った。凄かった。
最後のオチが分かっている2度目でも鳥肌立った。

「芸」というものがどんどん無くなっている中で、
本物の「芸」を観た。「芸」の凄さを観た。

日本では絶滅に近く、色川武大のエッセイ等でその空気を感じる事ができる「ボードビリアン」が、まだ日本にいたかと感嘆してしまった。
快快「SHIBAHAMA」

4月30日。
快快@コーポ北加賀屋。

何が凄いて、普通は数グループが集まってやる「フェス」とか「イベント」を、
たった1つの劇団がそれも1つの演劇作品としてやってる事!


メンバー各自のフィールドワークからのフィードバック、女体盛り、ガチのリアルファイト、一攫千金の客同士の戦いなどなどなど、芝居+パーティーという知的でバカなすっげえ時間と空間を、観客が体感する舞台だった。


演劇の枠がどうのこうのって話じゃなく、そこに秘密基地があり、そこに悪いメンバーが集まって、パーティーをしている。それだけで何かキラキラした気持ちにさせられる。なんだ、この気持ち。


そうか、演劇ってこうやってお客もプレイヤーも一緒になって遊ぶ事が出来るガジェットでもあるんだな。


そんな事を考えながら、アフターもむちゃくちゃ踊った。オオルタイチ君で手足ちぎれるくらい踊り、バイオマンでしっとり踊った。汗だく。快快最高!


そしてその夜、偶然にもアニメ作家の相原信洋さんの訃報が届いた。

リアル・ヒッピーでスケベで面白くて大好きだった。
いつも派手なスパッツ姿で、いつかあんな爺さまになりたいと思ってた。ほんとまた飲みたかった...。

相原先生に「埃っぽい事、何かやってよ。面白い場所、どっか作ってよ。気取ったカフェとかじゃなくてさぁ」と言われていた。モジャ髪に長い指、あの妖怪っぽい風貌でまた、悪くて熱い話を肴に一緒に飲みたかった。

快快のイベントなんて、ほんと相原信洋さんの追悼にぴったりだ。
そう思った。
4月16日
ジャングルのインディペンデントシアターにて『15ミニッツメイド』という15分のお芝居をオムニバス形式で見せるイベントに行った。

ミジンコターボの笑いから驚きへ持って行く構成力、ロロの永遠の夏を凝縮パッケージしたような濃密さ競泳水着の女子の日常のささいな切なさ、FUKAIproduce羽衣のほっこりしたファンタジーが強く印象に残った。
どれも大傑作と押す訳ではないが、15分でそれぞれが考えるエンタメ(あえて)をきっちり落として来るのが良かった。

あと、関東勢は文学やテレビや映画より、マンガに大きな影響を受けていると思った。
劇団競泳水着は「村上かつら」、ロロは「カネコアツシ」や後期「岡崎京子」や「よしもとよしとも」等90年代のマンガ、羽衣は「高野文子」や「しりあがり寿」などなど、ぱっと思いつく名前が全部マンガ家だった。

関西勢ではミジンコターボの、全部回収されていく鮮やかさと、それを上品にやらず、極めて下品な祭で終わるあたり、なんというか頼もしいと思った。ガバメンツは面白い以上のサムシングまで欲しかった。Mrs.fictionsは上手いと思ったが、短いと物足りない感じがする。大島弓子みたいな展開をするが、大島マンガに漂う命の凄さ(怖さ)まで観るには長編なのか。

『アクシデント』

予告編を観て期待していた以上に、渋い拾いものだった。

香港映画らしい過剰に劇画チックな描写が絶妙のタイミングで入ってくるが(どこか『デッド・コースター』シリーズみたいな感じもある)、
全体的にはコッポラの『カンバセーション 盗聴』を思わせる、闇の世界に生きる男の偏執的で孤独な生活を淡々と描いていて、
派手なアクションのクライマックスなど用いず、一人の男が静かに追い込まれて行く様を緊張感だけで見せ切る監督の野心に心躍る。
ほんと、たまらない。

劇場を出て、ふと『Vシネ全盛期の頃の邦画なら、これくらいのノワール映画を作ってたのに』と考えたら淋しい気持ちになった。

厳しさを獲得するために何をすべきか

 

演劇が面白い。とは思いつつ、5月から7月は多忙であまり関西の演劇を観ていない。その代わりと言っては何だが、2つの舞台演出家の鼎談USTREAM(ネット放送)を企画した。一つは宮沢章夫(遊園地再生事業団)+上田誠(ヨーロッパ企画)+杉原邦生(KUNIO)。もう一つは筒井潤(dracom)+笠井友仁(Hmpシアターカンパニー)+伊藤拓(France_pan)。笑いを交えつつ、前組は演劇へのスタンスから震災以後の表現について、後組は大阪の演劇の低空飛行に対する嘆きが語られた。後組はネット上で録画を見る事が出来るので興味あればコチラを(http://www.ustream.tv/recorded/15481717)。■その大阪で演劇を続けるバンタムクラスステージの細川博司が作・演出を手がけたイズムプロデュース『ルルドの森』は、沢山の登場人物と複雑な物語を、巧みな空間処理と光と闇のコントラストでスピーディに捌いてみせ、加えてヒロインのキャスティングが物語の意外性へと繋がる「仕掛け」の面白さに感心した。ヒロイン以外のキャスティングも悪くはないが、役者次第でもっと高いステージに行ける気がするのに惜しい。(それは前作「ジャック・モーメント」でも思った)■本誌を主催する高田斉が企画した市川タロ(西一風)作・演出による『どこか、いつか、だれか』は、京都のアトリエ劇研が始めた「オルタナアート・セレクション」の第一弾。若い市川タロと役者たちの実験精神はどう育つか楽しみではあるが、即物性、身体性への意識の決定的な甘さを本人たちがどう思っているのかが気になる。「表現における厳しさ」(それは社会派や人生主義とは違う)をどう獲得するか?それが市川とこの企画の大きな課題だ。■関西で活動する劇団の主催者や看板俳優など男性6名を集めた、きたまり演出・振付のKIKIKIKIKIKI『ぼく』は、もし関東でこれを上演したら今更の感で迎えられるのではないか。もっと先まで行ける可能性だけを感じつつ「程よい」ところで終わってしまっている。これも「厳しさ」の獲得の失敗を感じた。しかし今「ぼくはこれくらいの事しか出来ない」という男性達の自信なさげなパフォーマンスを見ていると、震災以後の過度に「何かしなければ」という風潮に対する正しい批評(そして祈り)となっていて、胸が熱くなったのも事実だ。■関東からは、ままごと『わが星』、小林賢太郎ソロプロジェクトLIVE POTSUNENTHE SPOT』、飴屋法水演出『おもいのまま』など、どれも表現者としての鬼気迫る瞬間があり、戦慄を覚えた。

 

ベスト 「ルルドの森」の細川博司の作・演出に

震災以前から、既に演劇は祈りに向かっていた

 

演劇の門外漢だったはずの僕は、気がつけば4月から劇場で働いていた。■バンタムクラスステージ『ジャック・モーメント』は、シカゴマフィアの重厚な叙事詩を、劇画的な台詞と鮮やかな場面転換の連続、照明と音楽のエモーションで魅了する。だが作演・細川博司の手腕に比べ、役者の身体が弱く、印象に残らない。凄く勿体ない。■例えば名古屋で観た杉原邦生率いるKUNIO『椅子』は、イヨネスコの戯曲を演出で換骨奪胎し、無意味な観客参加型パーティへと変貌させ、楽しさ以外は何も残さない。しかし役者の圧倒的な身体がクライマックスで「芝居」そのものの凄味を感じさせる点で、バンタムにはない「戦略」があった。■逆に、役者の身体の弱さを魅力に変えていたのが男肉 du Soleil「Jのとなりのオニク」。冴えない男達が汗かいてリズム感悪く一生懸命踊る姿に微笑みつつ、宮崎駿からトロンまでパクった、とにかくどーでも良いのにやたら壮大な話に、「引きこもりが1万ページのくらい書いたセカイ系小説の、その熱意に感動する」みたいな妙な感動のさせられ方を体験した。■若い劇団では、京都学生演劇祭で観たテフノロGの今後が気になる。ここまで完成された馬鹿はそういない。振り切っている馬鹿さ加減に、もはや前衛を感じた。将来を期待したい。■さてベストを。BABY-Q『私たちは眠らない』。地震や紛争で混迷する私たちの姿を、そしてこの世界の現状を、鋭利に、しかし淡々と描き出したダンスパフォーマンス。舞台上で起こった(まさにそれは起こった!)いくつかの災害のイメージは、忘れることができない。都会に立ち上がる墓標、女子高生を飲み込む巨大で禍々しい黒煙、「閉店セール」の旗を振るキャンギャル、巨大な十字架が空に浮き上がり、差別と争いが続く。そして最後、観客は「空爆」を体験する。暴力的な空爆音の衝撃に「今、これを語らなければ」という東野祥子の凄まじい気迫を感じた。■東京から来たハイバイ『投げられやすい石』快快『SHIBAHAMA』というベクトルの違う2つの劇団は、どちらも「何故、僕たちは幸せになれないのだろうか」という前提とそこへの祈りから舞台を起こしているように見えた。その視点がある物を、今、もっと観たい。

 

ベスト ◎ BABY−Q『私たちは眠らない』

京都のフリーペーパー『とまる。』に寄稿した文章を転載。

これは2011年2月くらいに出た号なので、もう手に入らないかもだけど、

最新号にも連載してるので手に取って下さいね。


KEX以降の京都を予兆する

 

去年の秋から演劇を観始めた門外漢のレビューという事で、外の人間がどう見てるかのご参考までに。■京都ゆかりの若い作品のみを。まずFrance_pan『ありふれた生活』。これは作演の伊藤拓の表現への苦悩を「観客も一緒になって考えてくれよ!」と描く、野蛮で強引だが何故か応援したくなるドキュメンタリー。伊藤の孤独で脆弱な姿は『エヴァンゲリオン』のTV版と映画版のラストを思わせる。でも1回きりの飛び道具だし、エヴァより15年以上古い。枠外にいる二人の女性の声の質感がリアルで良かったから、照明や美術の質感も凝れば、伊藤の生身が際立つのでは?チェルフィッチュの蛍光灯とかの質感。■下鴨車窓『王様』は力作だが混乱している印象。いや『ありふれた生活』の方がとっ散らかってたが、伊藤は演出で自分が何に混乱してるかを観客に提示していた。田辺剛の演出は、迷ってるのか確信なのか観ていてモヤモヤ。天井の白い布など思わせぶりなままの要素が多い。旅芸人という設定で役者に過剰な芝居をさせる意図も曖昧。「枠」が明示されないから、枠からのズレの要素(謎とか)が観てて掴みかねる。田辺は文学的高度さを目指すあまり、演出がぶっきらぼうになってしまった印象。■その逆が伊丹で上演されたM☆3『こいのいたみ』。とにかく刺激的。開演前に観客の前にあった椅子とテーブルが、開演の派手な音楽と共に天井へ飛んで行く。「ザッツ現代演劇」な「枠」と、飛んで消える「ズレ」。下らないギャグの応酬が常に演劇に言及しており、知的で痛快だった。誤解され易い作品だが、やってる事は高度だ。内容は演出の杉原邦生が京都で手がけた演劇企画【HAPPLAY♥】に対する自分自身の回答と見た。マレビトの会やdots、木ノ下歌舞伎などの京都に縁深い役者を使い、「今、東京とは違う、京都で同世代の演劇人で出来る事とは何か?」という批評と宣言を同時に行っていた。文学の罠を避け(表現者の多くは文学コンプレックスだ)、演劇表現の中で多くを思考するべきだという姿勢に、そしてそれを僕のような演劇素人でもエンタメとして楽しめる、杉原の演出家としての手さばきと腕力に感服!面白い!

 

ベスト ◎ M☆3『こいのいたみ』

京都シネマのコラム「映画館向上委員会」に寄稿しました。(けっこう前なのに今頃紹介)

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http://www.kyotocinema.jp/column/kojo_008.html

以下、2011年4月12日の実況ツイッターの採録。


ファミレスで隣に座る爺さんが『原発は...』『放射能が...』『マルクスは...』『アウシュビッツでは...』『人間改造が...』『俺が救世主になる...』『お前はどうする...』とずっと独り言を、しかも顔に美容ローラーを転がしながら喋っている。超怖いw
posted at 15:54:19

今、『俺はスターリンだ』とスターリンに変身した。
posted at 15:57:30

『逃げたあかんぞ、豚』と繰り返してる!心を読まれてる!超怖い。
posted at 16:10:46

『コロス』『成人式』『見届けてくれ』というフレーズ!
舌打ちを合間に入れつつ。こっわ。
posted at 16:14:35

独り言の爺さん、ミソ汁をすすり過ぎ、胸をドンドン叩いてむせた。
ガンバレ救世主!
posted at 16:16:07

美容ローラーを転がしながら『人間死んだらUFOに乗る...』と、テーブルの上の紙を指差しながら喋っている!その紙にはただ一言、『概念』と書きなぐってある!超怖い! 

あ、今、何かへの怒りで紙を握りつぶした。「概念」を握りつぶした。

posted at 16:20:26


白マスクをして、『何やってねんお前!』と前のめりに立ち上がっては座るループが数分続く。その度に俺は横でビクッとする。 仕事にならない。 あ、今、原稿用紙が登場した。つらつら書いている。読みたい。

posted at 16:24:08


こっそり読めた。『龍に乗った方、天から降りる。』と読める。 あと字がぐじゃぐじゃで読めないが『お前は通用しない』という文字は筆圧が高いので読めた。 超怖い。

posted at 16:26:18


爺さん、たまに携帯に出る。普通のトーンで相手とビジネスの話をしてる。 中小企業の経営者らしい。

posted at 16:28:52


『概念』握りつぶし以降、テンションのピークは終わったようで、なんか聞き取るのにも飽きてきた。 今も『月光仮面が手弁当で...』とかなんとか言ってる。

posted at 16:33:21


ようやくさっき書いてた原稿用紙のタイトルが見えた。タイトルは『現代像』! きっと新聞のコラムを書いてる偉い人かもしれない。

posted at 16:36:39


うわ! 爺さんの原稿用紙にばかり目を奪われて、そのペンに今気づいた!! ペンに金の昇り龍が巻き付いてる! すげぇ!どこで売ってるか聞きたい。 つか、持ちにくそう。

posted at 16:39:59


文字を解読中。『2億4千万光年の...』『成人の日は4月11日』『宇宙犬』『日本人(倭民)』という文字は読めた。 喋りでは『今は元寇』だと語っている。 

posted at 16:46:05


『単位学会』と紙に書いて、『原発を数える単位 クソ』と言ってる! なかなか新しい反原発のフレーズ。 やるな爺さん。

posted at 16:49:35



『桜』という漢字を書いた後、『木』と『ツ』と『女』に分解して何か考えてる。

posted at 17:02:43


相手の武器は「りゅうのペン」だぜ?こっちは「ぬののふく」なのに。 MP凄そう。
posted at 17:05:57

大きな音でワンセグで『ピタゴラスイッチ』を見始めた。 そして大笑いしてる。 「やるな」とかぶつぶつ。 もちろん美容ローラーは快調に動いている。 爺さんの独り言とアルゴリズム体操がごっちゃに聞こえて来て、笑いをこらえるのが超大変。ほんとカンベン。

posted at 17:26:51


突然「うわっ!」と驚く爺さん。その後「わっはっはっはワシの顔か...」。黒画面の時に反射で映り込んだ自分の顔に驚いたようだ。お前が怖いわ!

posted at 17:29:46


もう出た。場所変えないと仕事にならない。

posted at 17:52:52

思い出せば、3月11日あたりから映画や演劇の感想をブログに書く事をやめていた。
この映画はその3月11日にアジアン映画祭で観た映画。

ジョニー・トー『単身男女』

並んだ高層ビルのガラス越しに行われる三角関係。
もうその過剰にドラマチックな設定だけで、『needing you』や『ターンレフト、ターンライト』など、ジョニー・トー&ワイ・カーファイのコンビのファンとしては嬉しくなる。
そこからは見事にガラス越しのネタをどんどん展開させていき、最後は大ネタ。そして大ネタ返し(笑)
もう嬉しくなる。

ジョニー・トーは男性アクションの監督と思ってる人もいるようだけど、
ラブコメディにおいては、黄金期のハリウッド映画の後継者だと思わせる古典主義とスタイリッシュな現代性のハイブリッド作品を多作している。
これはその中でも良質の1本。
なんで日本公開まだなの?
今年3月にwktk(我らがキネマを取り戻す試み)で上映したいくつかの映画について、思い出しながら書く。

鈴木卓爾『街灯奇想の夜』

鈴木監督の高校生の時の初作品であり、なんとアニメーション作品。
日常の、郊外の街で起こる夜のおとぎ話。
台詞は無かったと思う。
少年期の、何か不思議な力が自分をここから連れ出してくれるのではと期待して待つような、そんな気持ちがリリカルに描かれる。
ふとした動きが素晴らしく、クライマックスに吹く風で少年が浮かび上がるシーンは涙が出そうになった。
こんな実写映画が撮りたいと強烈に思わせる映画だった。


平野勝之『愛の街角2丁目3番地』

20代前半の園子温や鈴木卓爾ら若者たちが女装して街で暴れ回る姿をドキュメンタリーのように追った、ハチャメチャで過剰な青春恋愛活劇映画。
ひたすら過激なバカ騒ぎが続き、それを手持ちカメラで追う事で、
「事件がそこで起こってる」というライブ感でぐいぐい見せ、
「若き自主映画はこうあるべき」「成熟などまったく意味無い」という風に思わせる傑作だった。

思い出したのは大和屋竺がエドワード・ヤンの歴史的傑作『クーリンチェ少年殺人事件』を批判したこの言葉。
「フレームを悪魔に委(ゆだ)ねよ」
まさにこの8ミリ映画に関わる全ての者たち(平野監督、出演者ら)が悪魔に映画を委ねている。
それは映画という器を「少々乱暴に扱っても壊れない」と信頼し、
言わば映画と友情関係・共犯関係を結んで遊んでいるようだ。
比べて今の自主映画は丁寧に扱われ過ぎなのかもしれない。
その意味でも、この怪物映画が広く観られないのは勿体ないと思う。


山崎哲&篠田昇『ザ・ストリッパー 堕ちて藍』

ストリップ演出家のジョウジ川上がまだデビュー前の篠田昇(『ラブホテル』『スワロウテイル』)カメラマンと劇作家の山崎哲を呼んで制作したポルノ青春映画。
公開はストリップ劇場のみで行われたので、幻の作品と化している。
しかしこの作品、神代辰己や曽根中生、田中登ら日活ロマンポルノの傑作群と比べても見劣りしない傑作だった。

『本番』という台詞が何度も繰り返し出てくる。
時にストリップ劇場での客とのセックスを意味する隠語として、
時に登場人物がカメラ越しに観客に向かって「人生をかけて向き合う対象があるか?」という問いかけの言葉として、メタ的な演出で発せられる。
物語も全てこの『いつ本番を迎えるのか?』というテーマに貫かれている。
このあたり劇作家が書いた脚本らしいが、悪くない。

特筆すべきは登場人物たちの活き活きとした姿で、
クライマックスの一つである、夜の高速道路を飛ばして、海岸で乱痴気騒ぎを起こし、白けた空気の朝を迎えるシーンは、篠田昇の凝ったカメラワークも相まって強く印象に残った。
東京でも上映すれば話題となるだろう。
誰か企画したらいいのに。